都市というレンズを通してみる日本の未来

第4話 100年後の都市と地域のすがた (前編)

1. はじめに

第1話の冒頭でも述べたように、日本は今、未曾有の人口減少に直面しています。図1は、社会保障・人口問題研究所(社人研)が、2023年に発表した、日本の人口の将来推計です。1 この図には、出生率と死亡率の推計値に応じて、日本が歩みうる3パターンのシナリオが示されています。オレンジ色のグラフは中位推計で、出生率・死亡率が2020年の水準で維持された場合の予測です。社人研では、この推計が最も自然なベースラインのシナリオとしています。それに対して、青色のグラフは低位推計で、出生率が低く死亡率が高い、悲観的なシナリオ、緑色のグラフは高位推計で、出生率が高く死亡率が低い、楽観的なシナリオです。出生率は中位推計で1.36、低位・高位推計では、それぞれ1.13と1.64です。

全国人口の将来推計
図1. 全国人口の将来推計

2022年の出生率は1.26まで低下し、今も下がり続けています。現行の少子化対策ではこの数字が回復する見込みはほぼありません。そのため、将来の人口減少に関しては、中位推計(オレンジ色のシナリオ)でさえも楽観的であり、実際の状況をより正確に反映しているのは低位推計(青色のシナリオ)と見るべきです。低位推計に基づくと、100年後の日本の人口は江戸時代に近い約3,700万人にまで減少します。仮に中位推計が実現したとしても、人口は明治時代の水準である約5,100万人まで減少します。どちらの場合も、日本は大幅で急速な人口減少に直面することに変わりありません。

急速な人口減少が及ぼす負の影響については、10年前に増田寛也氏らが公表した「増田レポート」が、896の市区町村を「消滅可能性都市」としてリストアップし、大きな議論を引き起こしました。2 2024年1月、人口戦略会議は「人口ビジョン2100」を発表して、2100年に「8000万人国家」を実現する戦略を提案し、警鐘を鳴らしています。3 しかし、現状では、一般の国民や行政に危機感が十分に共有されていません。この理由は2つあると考えられます。まず1つ目の理由は、人口減少は目の前ではゆっくりとしか進まず、顕著な危機に至るまでには100年ほどかかることです。その時点で、現在生きている多くの人はすでに亡くなっており、自分自身の問題として捉える動機が湧かないのです。もう1つの理由は、人口減少の効果の程度が具体的、かつ、説得力のある形で示されていないことです。具体的な未来像が描けない限り、たとえ100年先を考えることができる人であっても、それを我が事として捉えるのは難しいでしょう。

1つ目の、問題の現れ方が長期的である点では、温室効果ガスの問題と共通しています。注目すべき違いは2点目の、具体的なイメージが持たれていないことです。現在、2050年までに温室効果ガスの排出量をゼロにするという「カーボンニュートラル」に向けた取り組みが話題になっています。温室ガスについても、人口減少と同様に、今すぐに危機が訪れるわけではありませんが、既に様々な試算が行われ、今のまま放置すれば100年先にどうなるのか、人々が具体的なイメージを持つことができるようになったことで、多くの人が我が事として問題を捉えるようになりました。温暖化を100年放置することの費用と、人口減少を放置することの費用のどちらが大きいかは明確ではありませんが、少なくとも同程度に重大だと考えます。このコラムでは、都市経済学の視点から人口減少の影響を具体的かつ説得力のある方法で評価することを目指しています。

今回の話は、地理的なデータを使う統計分析の専門家、村上大輔氏(統計数理研究所)との共同研究で、経済産業研究所にて公開したディスカッション・ペーパー (Mori & Murakami, 2024)に基づいています。ディスカッション・ペーパーは、専門誌に掲載される前の草稿段階の論文で、早期に結果を公表し広範なフィードバックを求めることを目的としているため、このコラムにはまだ完全でない分析が含まれています。しかし、わたしは、進行中の人口減少が待ったなしの緊急の問題であると考えており、分析を洗練する過程も含め、最新の分析結果をコラムで積極的に紹介すべきだと判断しました。

以下では、まず、未来の個々の都市の盛衰を予測する方法を説明し、わたしたちが行っている予測の中でも、第1話で紹介した1kmメッシュ単位の人口データを使って得た、最もシンプルな予測の結果を紹介します。国の総人口の変化は、中位推計をベースラインとしつつ、より悲観的な、そしておそらくより現実的な、低位推計の下での結果も示していきます。

第2・3話では、都市を通してみることで、一見捉えどころのない地図上の人口分布が、都市人口分布の「べき乗則を伴うフラクタル構造」を維持しながら、状況の変化に反応して明確な傾向をもって形を変えることを示しました。

少し復習しましょう。人口減少により、人口分布はほぼ均一に下降します、つまり、各都市の人口がほぼ一様に減少します。4 一方、輸送・通信費の低下は、「国レベルでの大都市への集中」を促進します。各地域レベルでの都市人口分布がおおよそ同じべき乗則に従うことを考えると、「大都市への集中」は東京だけでなく、各地域の中心都市にも起こることが理解できます。つまり、第2話図2で示された全国の都市人口分布の変化と同様に、各地域レベルでの都市人口分布の傾きもほぼ等しく急になります。この結果、どの地域でも、大都市ほど人口成長率が高くなる傾向にあり、国内で最大の都市である東京が最も高い成長率を示します。これが過去50年に亘る「東京一極集中」の背景にあるしくみです。一方で、各都市内部では中心部の人口密度が下がり、人口分布が郊外に向けて平坦化します。

これらの傾向は、今後も続きます。以下では、このような変化を表現できるシンプルな予測モデルを紹介し、将来の個々の都市の盛衰を具体的に予測します。

2. 予測モデルに求められる動きとは

まず、将来の都市の盛衰を予測するモデルに求められる動きについて説明します。このモデルでは、国の総人口の変化と都市化率(後述)の変化を与えられた下で、各都市が経験する変化が第2・3話で説明した理論に沿った種類と方向である必要があります。その上で、予測モデルの役割は、これらの変化の具体的な量を特定することです。

都市を通してみたとき、地域経済は今後どのように変化すると想定されるか、復習してみましょう。第2・3話で説明した事実と理論から、この変化は「国レベルで起こること」と「都市レベルで起こること」に分けられます。国レベルでは、図2Aに示される通り、(1) 都市人口分布のべき乗則が概ね保たれ、(2) 国全体の人口減少に伴い都市人口分布が下降し、(3) 輸送・通信費用の減少により、都市間人口分布が大都市に偏り、その傾きが急になります。一方で、図2Bに示されるように、都市レベルでは、(1) 都心の人口密度が低下し、(2) 人口分布が平坦化し、都市の範囲は郊外へ向けて拡がります。

将来の都市の盛衰を予測するモデルは、これらの変化を表現できるものでなければなりません。

将来の都市の盛衰は、図1に示した総人口の変化だけでなく、都市化率の変化にも影響を受けます。都市化率とは、全国人口に占める都市居住者のシェアを指します。1970年から2020年にかけての都市化率は、図3が示すように、一貫して増加しています。将来もこの増加傾向が継続すると仮定し、図に示した過去(1970年〜2020年)の傾向を基に、将来(2025年以降)の都市化率をあらかじめ予測しておきます。例えば、現在の都市化率は80%ですが、100年後には90%に達すると見込まれます。図3に示すように将来に亘り予測された都市化率の下で、個々の都市の盛衰を予測します。

3. 予測モデルの構造

※ 前編のこの節以降の内容は、予測の技術的な側面を説明しています。かなり込み入った内容ですので、読み進めるのが難しい場合には、後編の具体的な都市盛衰の予測結果に進んでも差し支えありません。

いよいよ予測モデルの構造について話します。

予測モデルとは統計モデルの複合体です。これから説明する予測において、統計モデルとは、ある年の人口とその5年先の人口の、データから推測される関係を数式で表したものです。5 わたしたちの予測モデルは、図4に示すように、予測の対象となる地域範囲によって、国・都市・1kmメッシュレベルの3階建ての統計モデルを複合したものであり、国レベルでは1つ、都市レベルでは4つ、1kmメッシュレベルでは8つの統計モデルを使っています。なぜ、3階建ての構造が必要なのでしょう。それは、各地域レベルで、制御したいものが異なるからです。

国レベルでは、都市人口分布が、おおよそべき乗則に従う必要があります。また、人口減少下での都市の盛衰を予測するにあたって、国の総人口を社人研が推計した値に合せます。さらに、都市化率は過去の傾向に従うと仮定します。 国レベルでは、予測モデルにこれらの制約を課します。

都市レベルと1kmメッシュレベルでは、個々の都市・メッシュ固有の成長過程を表現します。都市レベルのモデルでは、都市間で人口分布にべき乗則が成り立つことは考慮に入れず、あたかも個々の都市が独自の成長過程を持つかのように、都市の盛衰を表現します。個々の1kmメッシュについても同様に、メッシュ独自の成長過程を表現します。

予測モデルは、これらの各階層の結果が整合するように調整する手続きも含みます。将来に向けて予測を進める過程で、個々の都市の領域は変化します。新しい都市が生まれたり、既存の都市が消滅したり、分裂したり、合併したりします。将来の各時点で都市を検出し直しながら、予測を進めます。

ところで、なぜ「統計」モデルなのでしょうか。それは、モデルが導く5年先の人口は必ずしも正確ではないからです。モデルで想定していない要因によって生じる変化(例えば、ある時点にある地域で災害が起こるなどによって生じる変化)があると考えます。そのような誤差も考慮に入れて、統計的に最も妥当な関係を導くように設計します。

統計モデルを妥当なものにすることを「モデルの推定」と呼びます。「妥当」とは、ある年の人口と、その5年先の人口の関係式が過去のデータに最も当てはまるように設定されていることです。モデルの推定は、1970年〜2020年のデータを用いて行います。6 モデルの推定に使うデータを「学習データ」と呼びます。 推定されたモデルを使って行う予測は、2025年以降、国の総人口の将来推計と都市化率の変化を与えられたものとして、輸送・通信費用の減少が、過去50年と同様に続くという仮定の下で行われます。7 個々の都市・1kmメッシュレベルの将来の人口を、5年毎に逐次的に計算していきます。

これらの変化を表現するために、国レベルでは「べき乗則モデル」、都市レベルと1kmメッシュレベルでは「時系列モデル」という2種類の統計モデルを使います。それらの統計モデルを最終的にどう複合させるかは第5節で説明するとして、以下では「べき乗則モデル」と「時系列モデル」について順に説明します。

4. 予測モデルのパーツ

べき乗則モデルを使った国レベルの予測

国レベルでは、「べき乗則モデル」と呼ばれる統計モデルを使います。これは、都市人口分布がべき乗則に従うように、個々の都市の成長をモデル化するものです。べき乗則に従う各都市の成長がどのようなものなのか知るために、都市人口分布が過去50年でどのように変化したのか、復習してみましょう。

輸送・通信費用が減少するにつれて、国レベルでは人口が大都市に集中します。図5は、1970年と2020年の都市人口分布です(第2話図2と同じグラフです)。この50年の間、都市人口分布のべき乗則は維持されつつ、大都市ほど人口が増加し、小都市ほど人口が減少しました。つまり、図中の矢印が示すように、都市人口分布は時計回りに回転し、分布の「傾き」はより急になりました。都市人口分布に関しては、それがべき乗則に従うことを前提にすれば、その変化は、図5の青色の点線からオレンジ色の点線の、傾きと切片の変化によって表現できます。8

国レベルでの大都市への極化
図5. 国レベルでの大都市への極化

図6は、人口および輸送・通信費用が減少し、都市人口分布が国レベルでべき乗則に従うときに、t 年からt +5年の間に、各人口順位の都市の成長がどのように決まるかを表しています 。

図に示すように、都市人口分布のt 年時の縦軸切片をAt 、傾きをBt と表すと、都市人口分布の縦軸の切片の値は、人口減少下では、t 年のAt から、5年後には At +5 に減少します。 一方で、都市人口分布の傾きは急になり、傾きの値はBt から、5年後には Bt +5 に減少します (BtBt +5 も負の値であることに注意してください)。人口順位が i の都市の、t +5 年と t 年 の人口比率は、赤色の矢印の長さで表されます (対数軸では同じ比率が同じ長さで表されることを思い出してください)。

都市人口分布の切片と傾きの変化が分かれば、各人口順位の都市の人口の変化も分かります。具体的には、t 年の人口順位i の都市の人口をPi,t と表すと、都市人口分布がべき乗則に従うとき、第i 位の都市のt 年からt +5 年の間の人口増加ΔPi,t (= Pi,t+5 Pi,t )は、9 都市人口分布の縦軸切片の変化ΔAt =At+5At と、傾きの変化ΔBt =Bt+5Bt が分かれば、ひとつの値 (図中の赤色の矢印の長さ)に決めることができます。特に、人口順位が上位の都市ほど、人口成長率が高く、つまり、人口減少率が低くなる(図中の矢印の長さ短くなる)ことが分かります。

べき乗則モデルにおける「モデルの推定」とは、都市人口分布の実際の変化に対して最も当てはまりが良くなるように、切片At と傾きBt の変化の速度を決めることです。

予測にあたって、1970年〜2020年のデータからAtBt の時間t に対する変化を学習し、同様の変化が将来も維持されると仮定します。すると、各順位の都市の人口の変化も特定できます。べき乗則モデルを使えば、1970年〜2020年のデータから決まったAtBt の時間に対する変化の下で、予測期間2025年から2200年の全期間に亘り、べき乗則が維持される各順位の都市の成長過程を計算できます。

ただし、べき乗則モデルが予測するのは、各t 年における、個々の人口順位の都市の成長であり、具体的な都市の成長ではありません。都市の人口順位は、入れ替わることがあるからです。どの都市がどの人口順位になるかは、都市固有の様々な要因によって変化します。順位が変われば、成長の程度も変わります。都市の人口順位の入れ替わりの背景にある、都市固有の要因を捉えるのが、次に説明する、都市レベルや1kmメッシュレベルの時系列モデルです。

時系列モデルを使った都市・1kmメッシュレベルの予測

都市レベルと1kmメッシュレベルでは、「時系列モデル」と呼ばれるモデルを使って、個々の都市・メッシュの成長過程を表現します。ある都市の「時系列モデル」とは、経過時間に対してその都市の人口がどう変化するかを数式で表したものです。個々の1kmメッシュについても同様な時系列モデルを考えます。1kmメッシュでは、さらに、近隣のメッシュ間で成長あるいは衰退傾向が連動する可能性も考慮します。

人口と輸送・通信費用が減少する中で、個々の都市の人口は、図7に示すように、おおよそ単調に増加あるいは減少すると考えられます。10 国や地域レベルで、都市人口分布が概ねべき乗則に従うとしても、個々の都市の人口は、立地や年齢構成、立地している産業の状況など、様々な理由で、図6で示したべき乗則モデルに厳密に従わず、その都市固有の揺らぎを持ちながら変化していきます。そのような都市固有の成長・衰退傾向を捉えるのが、都市レベルの時系列モデルです。ここでは具体的な数式の形まで紹介しませんが、実際の予測では、4種類の異なるモデルを使っています。11

1kmメッシュレベルでも、都市レベルと同様の4種類の時系列モデルを使って人口の予測をします。この手続きによって、各1kmメッシュ (メッシュ i )に対して、各年に4つの予測値が得られます。ただし、1kmメッシュの場合には、明らかに隣接メッシュ間で成長が相関しますので、それも考慮します。12 具体的には、図8に示すように、ひとまず、個々の1kmメッシュ i と隣接8メッシュを合わせた9メッシュの合計人口 qi,t (図中の青枠部分)の成長を、都市レベルと同じ4種類の時系列モデルを使って予測します。その上で、その近隣9メッシュの人口とメッシュ i の人口との関係を、学習データから統計的に推定します(bi の値を決めます)。13 これにより、メッシュi に対して、さらに4つの予測値が得られます。つまり、1kmメッシュレベルでは、合計8種類の時系列モデルから得られる8つの予測値から、将来の人口を予測します。

近隣地域の盛衰傾向の相関
図8. 近隣地域の盛衰傾向の反映

5. 都市・1kmメッシュ人口の予測の手続き

以下では、個々の都市および個々の1kmメッシュの将来の人口を予測する手続きを説明します。

2020年以降の、あるt 年の1kmメッシュの人口が与えられたら、図9に示す手続きに従って、5年先の都市・1kmメッシュの人口を求めます。そのために、まず、1kmメッシュレベルの各時系列モデルを用いて、個々の1kmメッシュの5年後の人口を求めます(図中①)。各時系列モデルによって予測人口は異なりますので、各モデルの予測値に重み付けをした上で平均して、各メッシュに対して1つの人口値を算出します(このような操作を「加重平均をとる」と言います)。14 このときの各モデルの重みは、1970〜2015年のデータを用いて2020年の人口を予測した場合の、そのモデルの当てはまりの良さに基づいています。15 精度のよいモデルほど重みが大きくなるように設定します。

このように、複数の異なるモデルを重みづけして組み合わせ、あたかも1つのモデルのように扱うことを「モデル・アンサンブル」と呼びます。モデル・アンサンブルは、個々の都市、個々の1kmメッシュについて行いますので、最適化された予測モデル、つまり、異なるモデルの混ぜ具合は、個々の都市、個々の1kmメッシュ毎に異なります。

予測の結果、1kmメッシュの人口が変われば、個々の都市の領域も変わりますので、都市検出をし直して、都市の人口順位を更新します(図中②)。16

次に、更新された都市の順位の下で、べき乗則モデルを使って、各順位の都市の5年後の人口を予測します(図中③)。べき乗則モデルを用いれば、各順位の都市の人口については、最終年の2200年まで一度に計算できますが、各時点で、どの都市がどの順位になるかまでは予測できません。

同様に、都市レベルの時系列モデルを用いて、個々の都市の5年後の人口を予測します(図中④)。17 ただし、2025年以降に新しく都市ができた場合には、都市レベルの時系列モデルを使って、その人口を将来予測することができません。時系列モデルは過去のデータから都市の人口の変化を学習するため、データに存在しない都市については学習ができないからです。べき乗則モデルは、都市の人口順位さえ分かれば将来の人口を予測できるので、新しくできた都市については、べき乗則モデルのみを用いて将来の人口を算出します。過去に存在した都市については、べき乗則モデルによる予測値と都市レベルの時系列モデルをアンサンブルして、個々の都市の5年後の人口を算出します。モデル・アンサンブルの方法は、1kmメッシュレベルの時系列モデルの場合と同様です。18

その後、1kmメッシュ・都市・国レベルの人口が整合するように調整し、19 かつ、1kmメッシュ上の人口分布が、都市の境界で滑らかになるように平滑へいかつ化します(図中⑤)。20 その上で、もう一度都市検出をやり直します(図中⑥)。この段階での都市のリストに変化があれば(図中⑦)、都市の順位を更新して(図中②)、繰り返し計算します。都市のリストに変化がなくなれば、t +5年の都市および1kmメッシュ人口の予測が完了します。21 この手続きを繰り返すことにより、逐次的に2200年までの予測を行います。22

6. 都市単位で地域を捉える意味

前節の予測の手続きで、都市レベルの予測に本当に意味があるのか、疑問に思うひともいるでしょう。例えば、1kmメッシュの人口データだけを使って、時系列モデルで2200年まで予測した後に、各時点の都市を検出することが手続きとしては可能です。そして、その方が前節の手続きに比べると圧倒的に簡単です。しかし、それにも関わらず、都市という、「1kmメッシュの束」の単位での成長過程を捉えることで、結果が変わります。この節では、そのことを端的に示しておきます。

1970年〜2015年のデータから予測した2020年の都市の人口と、実際の都市の人口を比較します。本当は50年や100年先の予測精度を確認したいところですが、残念ながら、それを行えるデータがありません。そこで、このような短期予測に頼らざるを得ないのですが、その場合の予測精度の評価には注意が必要です。なぜなら、5年程度では都市の人口は大きくは変わらないため、都市レベルのモデルを使っても使わなくても、人口予測の精度は必然的に高いからです。そこで注目するのは、人口成長率の予測精度です。あくまで都市の人口を正しく予測するようにモデルを推定をしますが、推定されたモデルが、(人口の変化が小さいために)人口を上手く予測できていても、その成長率もうまく予測できているとは限らないからです。

例えば、2015 年に人口が100万人の都市の、2020年の実際の人口が101万人で、1970年〜2015年のデータから予測した2020年のこの都市の人口が、99万人だったとします(図10参照)。このとき、人口の予測エラーを、5年後の実際の人口(101万人)と予測値(99万人)の差(2万人)が、5年後の実際の人口(101万人)に占める割合とすると、(101-99)÷101×100 = 2%で(図中の枠内では計算とグラフを対応づけています)、人口の予測としては精度が良いといえるでしょう。一方で、5年間の人口成長は、(101万人−100万人)÷100万人×100 = 1%増ですが、予測では、(99万人−100万人)÷100万人=−1% (つまり1%減)ですので、予測エラーは、実際の成長率(1%)と予測値(−1%)の差が、実際の成長率(1%)に占める割合、(1−(−1))÷1×100 = 200%です (図中の枠内では計算とグラフを対応づけています)。実際の成長が1%増、予測値は1%減で、同じ1%ですが、符号が逆なので、予測エラーは実際の成長率の2倍(200%)と大きくなります。

予測精度の検証
図10. 予測精度の検証

個々の都市の人口についての長期予測は短期予測の蓄積ですので、予測モデルは、個々の都市の5年先の成長率も正しく予測できるべきです。 今回のように11時点という短い時系列(1970, 1975, … , 2015, 2020年)のために、直近の未来の予測(2015年から2020年)しか試せない場合は、成長率の予測精度を検証することで、予測モデルの妥当性について一定の検証ができます。23

図11は、2015年から2020年の間の個々の都市の人口成長率の再現性を示しています。図11A, B, Cは、それぞれ異なるモデルを使って2020年の都市の人口を予測した場合の、個々の都市の人口の実際の成長率と予測モデルに基づく成長率の関係を描いています。青色の点が一つ一つの都市に対応しています。点線は、この関係に直線を当てはめたものです。

図11Aは、1kmメッシュレベルの時系列モデルのみを使って予測した場合、24 図11Bは、1kmメッシュレベルと都市レベルの時系列モデルをアンサンブルして予測した場合、図11Cは、1kmメッシュ・都市レベルの時系列モデル、さらにべき乗則モデルをアンサンブルして予測した場合の結果です。

図11Aには、各都市の成長率について実際の値と予測値の符号の関係を、合わせて示しています。グレーの直線で4分割されたグラフの各領域について、(+,+)は実際と予測値がともに正、(+,−)は実際が正・予測が負、(−,+)は実際が負・予測が正、(−,−)は実際・予測値ともに負です。

注目してほしいのは、結果AとBの違いです。図11Aの 1kmメッシュレベルのモデルだけを使った場合には、都市単位での人口成長率が、実際と予測で、平均的には符号が逆になっています。つまり、実際には人口が増加している都市について、多くの場合、人口が減少すると予測されています。このことは、点線が(+,−)から(−,+)の領域を貫いていることからも分かります。1kmメッシュレベルの時系列モデルは、都市の人口自体の再現性は高くても、その変化の方向については再現できていないということです。

一方で、図11Bが示すように、1kmメッシュレベルに加えて都市レベルの時系列モデルを含むと、都市の人口成長率の符号は実際と予測でおおよそ一致し、都市の成衰の傾向は正しく予測されています。このことは、点線が(−,−)から(+,+)の領域を貫いていることからも分かります。さらに、べき乗則モデルを加えた図11Cの場合も同様に、成長の方向は正しく予測されます。ただし、5年先という短期の予測では、べき乗則モデルの有無は、予測精度にあまり影響しません。

以上により、1kmメッシュ単位で予測しておいて、後で都市単位の変化を見るのと、予測段階から都市単位で捉えるのでは、結果が全く異なることが分かります。

  1. 図1の全国人口の推計では、2025年から2120年までは社人研による推計値を用い、2125年から2200年までは、独自に将来に向けて外挿しています。 ↩︎
  2. 「増田レポート」とは、2011年に、東日本大震災を機に日本のエネルギー問題や人口問題について政策提言を行うために設置された民間の研究会である日本創成会議の、増田寛也氏を中心として構成された人口減少問題検討分科会が公表してきた3本の論文の総称です:(1) 増田寛也・人口減少問題研究会 「旋律のシミュレーション 2040年、地方消滅。『極点社会』が到来する」(中央公論, 2013年12月号, pp. 18-31)、 (2) 日本創成会議・人口減少問題検討分科会 「成長を続ける21世紀のために『ストップ少子化・地方元気戦略』」(2014年)、(3) 増田寛也・本創成会議・人口減少問題検討分科会 「提言 ストップ『人口急減社会』:国民の『希望出生率』の実現, 地方中核拠点都市圏の創成」 (中央公論, 2014年6月号, pp. 18-31)。「消滅可能性都市」のリストは(3)に含まれます。なお、これらを増補した内容は、増田寛也編著「地方消滅:東京一極集中が招く人口急減」(中公新書, 2014年)にまとめられています。 ↩︎
  3. 「人口ビジョン2100」以降では、人口戦略会議のメンバーである、白川方明・元日銀総裁による「人口減少問題の深刻さが認識されない5つの理由」(中央公論, 2014年3月号)などがあります。 ↩︎
  4. 厳密には、人口減少は都市人口分布を一様に沈下させるわけではありません。人口が徐々に減少するとき、ある時点から大都市への集中が加速します。直感的な説明はつぎのようにできます。全国の人口が十分に小さいとき、都市集積は一つしかできません。総人口が小さいときは、すべて集まっても、混雑などの集積の不経済が集積の経済を上回る状況にならないからです。このとき、経済は完全に一極集中で、最も極化が進んだ状況です。つまり、現在の状況から人口が減少していくと、少なくとも、長期的には極化が進んでいくことが分かります。 ↩︎
  5. 「5年先」を予測するのは、今回使う国勢調査が5年毎のデータだからです。 ↩︎
  6. 市町村単位のデータは1920年まで遡って得ることができますので、学習データのサイズは、1970年〜2020年のデータを使う場合の2倍になります。しかし、戦前から戦中、戦後の復興期、高度成長期、および、それ以降では、人口成長の傾向は大きく異なります。特に、今後の都市の盛衰と同じ傾向は、人口減少が始まる2008年以降、国勢調査が実施されるタイミングでは2010年以降に現れます。筆者らは、1kmメッシュという解像度の高いデータが存在すること、人口成長の傾向が直近10年で大きく変わったことなどを総合的に考慮に入れて、モデル推定に使うデータ期間として、過去50年を選択しました。 ↩︎
  7. つまり、自動運転・物流の自動化、および、仮想現実の実用化によってもたらされる今後の輸送・通信費用の減少は、高速交通網の整備やインターネットの普及によってもたらされた過去50年の輸送・通信費用の減少の効果とおおよそ同等であると想定しています。 ↩︎
  8. 図中の点線は、都市人口分布に直線を当てはめて得たものです。 ↩︎
  9. Δ記号は、値の増減の幅を表すときに使われる記号です。 ↩︎
  10. もし浮き沈みが激しい成長過程ならば、その浮き沈みを経済主体の行動原理の結果として再現できる理論がない限り、予測は困難です。日本が今直面している人口減少の下では、2010年以降、都市や1kmメッシュ人口の変化は、おおよそ単調ですし、今後もおおよそ単調な変化を想定できます。 ↩︎
  11. 具体的には、(1)今後5年間の人口増加が過去5年間の人口増加に比例する、あるいは、(2)今後5年間の人口増加が、10年前からの5年間と過去5年間の人口増加に比例するとする、自己回帰和分移動平均(ARIMA)モデルと呼ばれるもの、(3) 人口が一定水準を維持するという定数モデル、(4) 人口が時間の対数に比例するという、対数線形モデルの4種類を使っています。 ↩︎
  12. 個々の1kmメッシュの人口は、近隣で人口が増加していれば、より増加しやすく、逆に近隣で人口が減少していれば、より減少しやすくなるなど、周辺地域で起こる人口増減との連動を捉えることができます。 ↩︎
  13. 個々の1kmメッシュと隣接メッシュの人口との関係については、様々なモデル化が可能ですが、ここではシンプルに、個々のメッシュ i について、それ自身と隣接メッシュの合計人口 qi,t に対して、メッシュi の人口が、比例倍 bi ×qi,t で与えられるとして、統計的に推定しています。 ↩︎
  14. 「加重平均」の意味を説明します。ある数AとBがあるとします。これらの平均値は、0.5×A+0.5×Bで、これは、AもBも等しく0.5という重みが与えられた場合の、AとBの加重平均です。ただし、重みの合計は1 (=0.5+0.5)です。次に、Aの重みを0.75、Bの重みを0.25としたとき (重みの合計は0.75+0.25=1です)、AとBの「加重平均」は0.75×A+0.25×Bとなり、Aの値をより強調した平均となります。AやBは、異なるモデルによる1kmメッシュ人口の予測値に対応します。重みは、モデルの予測精度が高いほど大きくなるように決めます。 ↩︎
  15. 2015年までのデータを使って、2020年の人口を予測した場合の精度に基づいてモデルの重みを計算するのは、1970年〜2020年の学習期間の中でも、特に2020年付近の人口の変化が、将来の変化に最も近いと考えているためです。より正確には、個々のモデルの重みは、そのモデルで、1970年から2015年までのデータを用いて2020年の人口を予測した場合の、人口予測値の分散の逆数を用いています。「分散」とはばらつき、つまり、当てはまりの悪さの指標です。予測値のばらつきが小さいモデルほど予測精度が高いので、重みは大きくなります。 ↩︎
  16. 都市は刻一刻とその領域を変化します。1つの都市が複数に分裂したり、近隣の大都市に飲み込まれた後、何年か後に、その大都市から分裂して復活する都市もあります(例えば、奈良は1980年に大阪に飲み込まれ、2005年に分裂し、単独の都市に戻ります)。都市検出では、異時点間で同じ都市が同じ都市として認識されるように、都市領域の重複部分の人口や人口密度に基づいて、1970年から2200年までの通年で、個々の都市について一貫したIDを割り当てています。 ↩︎
  17. べき乗則モデルと同じく、時系列モデルの場合も、5年先だけでなく、2200年まで一度に予測できます(緑枠部分)。一方で、1kmメッシュレベルの時系列モデルは5年先の予測のみが可能です。それは、1kmメッシュの人口と全国の人口や都市人口との整合性をとりつつ、予測をすすめる必要があるためです。 ↩︎
  18. ただし、都市レベルの予測は1kmメッシュレベルと異なり、国レベル(べき乗則モデル)と都市レベル(時系列モデル)という階層構造を持っていますので、2段階で行います。まず、都市レベルの4つの時系列モデルの予測値の加重平均をとって、時系列モデル全体の予測値を求めます。その後、時系列モデルとべき乗則モデルの間で加重平均をとります。 ↩︎
  19. 全国人口・都市人口と個々の都市の人口の間の整合性は、個々の都市の人口を比例倍して行います。個々の都市の人口とその都市を構成する1kmメッシュの人口との間の整合性は、都市を構成する1kmメッシュの人口を等しく比例倍することで行い、さらに、都市の外の人口を調整して、全国人口と整合をとります。 ↩︎
  20. ここでの平滑化は、都市境界の内側と外側で人口分布が滑らかに接続するように、人口密度を調整することを意味します。 ↩︎
  21. 手続き⑦の段階で残る都市が、都市の条件を厳密に満たしていない場合があります。それは数値計算上の誤差で、ある程度やむを得ません。この段階で人口が10,000人を下回る都市については、都市のリストの更新時に除外しています。ここで、想定している都市化率と、若干の乖離が生じますが、その部分は無視します。 ↩︎
  22. この繰り返し計算は、都市のリストがひとつに収束することを前提としています。収束する確証はありませんが、事実上収束しています。このような繰り返し計算が収束しない場合、いくつかの可能性が考えられます。1つは手続きに問題がある場合。その他には、そもそも事実再現性がない理論を用いていれば、解が存在することを想定する明確な論理がありません。今回は、まず事実再現性が高い理論に基づいて、予測モデルを組み立てていることがうまくいく理由の一つだと考えています。中でも、都市単位で地域を捉えることが、最も重要な要素であると考えています。 ↩︎
  23. ただし、今回の予測でなにより重要なモデルの検証は、実際に予測した変化の種類と方向が、過去の変化を説明できる理論と整合することです。 ↩︎
  24. 1kmメッシュレベルの時系列モデルを用いて都市の人口の予測をする場合、都市の領域に含まれる1kmメッシュの予測人口を合計した値を都市の予測人口とします。 ↩︎
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