1. はじめに
100年後の未来に、成長を続ける都市が東京と福岡だけだと聞いたら、みなさんはどう思いますか。そんな先の未来を予測することなどできないと思いますか。あるいは、そんな極端なことなど起こるはずがないと思いますか。
経済の様々な現象の中には、その未来が予測できるものとできないものがあります。例えば、バブルの発生と崩壊という現象は、地震の予測と似ていて、そのメカニズムを明らかにすることができても、それがいつ起こるかまでは容易には予測できません。しかし、都市の生き残りや衰退という現象については、経済理論には珍しく、大筋で予測することが可能なのです。
都市化の傾向は、人口の規模や増減、国としての発展度合いを問わず、世界各国で進み続けています。現在の日本は世界の中でも特に都市化が進む国のひとつです。総面積のたった6%を占める都市に総人口の80%が住んでおり、都市への人口流入は今後もさらに続くと考えられています。つまり、都市の行く末は、そのまま私たちの暮らす地域の未来を示しているのです。
日本の人口は、有史以来、戦争や災害の影響を受けた時期を除いて増加を続けてきましたが、2008年をピークに減少傾向に転じました。出生率と死亡率がいまの水準で保たれる場合、2020年には1億2,700万人であった日本の総人口は、100年後の2120年には3,000万人から5,000万人程度まで減少すると予測されています。3,000万人とは江戸期の人口規模で、現在の東京都市圏よりも小さい人口であり、5,000万人とは、明治期の人口規模で、およそ今の東京と大阪都市圏を合わせた人口です。 多くの都市や地域は過疎化し、地方の景色はずいぶん変わることでしょう。このまま日本は東京や大阪にさらに人口が吸い寄せられ、残りの都市が消滅していくのでしょうか。それとも、どの都市の人口も一様に減少していくのでしょうか。
いま、全国の地方自治体が、いかに人口を維持もしくは増加できるかを模索し、試行錯誤しています。しかし、国全体の人口が減り続ける状況下では、ある地域の人口が増加することは、別の地域の人口がそれ以上に減少することを意味します。いわば椅子の減っていく椅子取りゲームで地域同士が競い合っているようなものです。このような現況を考えると、人口の維持や増加ばかりにエネルギーを割いて各地域が競争することは、望ましい未来に繋がりそうにありません。
わたしたちの研究チームによる予測では、都市としての勝者はずいぶん少なくなりそうです。東京のような大都市への集中はこれまで以上に進み、多くの地方は、国の人口の減少よりもさらに速いペースで過疎化していくでしょう。先ほど喩えたようにこれは椅子取りゲームですから、ある地方でひとつの都市を生かすことは、そのかわりにひとつ以上の別の都市の存続を断念することを意味します。だからこそ、持続可能な都市をできるだけ高い精度で言い当てることで、「選択と集中」(経済活動の拠点となる地域を選択し、そのための資源を集中すること)を促すことが重要なのです。近年、国をあげて地方創生1やコンパクトシティ2といった地域政策が進められていますが、莫大な資本を必要とする以上、実現可能で持続可能な方針で進むべきです。
一方でわたしは、みなさんが暮らす地域で人口が減っていくことは、必ずしも不幸なことではないと考えています。すべての地域が東京・大阪・名古屋・札幌・福岡のような大都会をめざしても、それは実現しえません。それぞれの地域には、それぞれに豊かな自然資源や、歴史が積み重なって育まれてきた文化があります。地域の内側からはあたりまえに見えている環境や文化が、日本の他の地域や外国の人にとっては大きな魅力として映る、ということも少なくないでしょう。戦後以降、経済の中心から外れた「郊外」や「田舎」とされてきた地域に改めて光を当て、都会と田舎が積極的に分業に取り組むことで、どちらもが豊かになれる可能性は大いにあります。例えば、日本には農地に適した土地が多くあります。人口減少により余った土地を、まとまった広い農地に変えて農産物の生産量を上げれば、国の食料自給率が高まり、国全体として豊かになるでしょう。また、これまで都会で狭いアパートに暮らしていた人たちも、都市中心の生活から離れて田舎の広い家に住めるようになれば、窮屈な生活に疲弊したり、子どもを持つことを諦めたりすることなく、より豊かな生活を得られるでしょう。
この連載では、「都市」というレンズを通してみた日本の未来の姿についてお話していきます。3 国全体、個々の都市、そして私たちの目の前の地域に至るまで、その変化やしくみを一貫した経済理論で理解し、データを駆使して予測します。いま存在している都市のうち、100年後にはどこが生き残り、どこが消滅するのか、そして残った都市はどのように姿を変えてゆくのか。いくつかの現実的なシナリオの下で具体的に指し示していきます。
わたしたちの研究チームは、理論とデータに基づいて、科学的に持続可能な都市を特定することを目指しています。理論にこだわるのは、「再現性」を大切にしているからです。再現性とは、同じデータを使い、同じ手続きに沿って計算すれば、誰もが同じ結果を得ることを意味します。予測の背景にどのようなメカニズムがあるかを明確にしておくことで、予測に誤りが生じた場合に、わたしたち以外の人でも、理論や計算のどの部分に問題があったのかを特定することができます。また、同じ理由で、データに関してもできるだけ誰もがアクセスできるものを選んでいます。後に様々なデータを追加していきますが、都市盛衰の基本的な予測では、国勢調査結果に含まれる公開データである、日本地図上の1km四方単位の人口分布データのみを用いています。このように分析の仕組みをオープンにしておくことは、筋道を立てて考え、常に正しい答えに近づいていくために大切なことで、科学の常套手段です。わたしたちの理論は不完全ですし、そもそも経済理論が完全になることはまずありません。だからこそ、誰でも改善点を見つけられる状態にしておいて、もし問題が見つかれば、すぐに気づけるよう準備するのです。
さらに、この連載では理論から一歩踏み出し、持てる知見を総動員し、各地方での取り組みの事例も参考にしながら、具体的な提言まで行います。残る都市がどうあるべきなのか、都市が消滅し過疎化していく地域をどう活かすのか、大幅な人口減少をチャンスに変えるために何ができるのか。都会と田舎がともに豊かになれる方法を、大胆に提案していきます。
2. 「都市」というレンズを通してみる地域の姿
それでは、地域とはどのようなものなのかを理解するために、人口が地図上でどのように分布しているのかを見ることから始めましょう。
図1は、2020年時点で、人口密度が1平方キロメートル当たり1千人以上で、合計1万人以上の人口が集まって居住する地域を暖色で示しています。 4, 5 色が濃い地域ほど人口密度が高い地域です。その他の、都市の条件を満たさない地域で、人口密度が1平方キロメートル当たり100人以上のところをグレーで、残りの、より人口密度が低い地域は白色で表しています。この図から、明らかに、人は集まって暮らすものだということがわかります。この、人が「集まって暮らしている」状態を、経済学では「人口集積」と呼びます。これから紹介していく研究成果の中では、暖色で表されたひとつひとつの場所の塊、つまり、ひとつひとつの人口集積のことを「都市」と呼びます。このように定義した都市は、2020年時点で、日本に431ありました。これらの都市は、国全体の面積の6%を占めるに過ぎませんが、そこに日本の人口の8割以上が住んでいます。
画像をクリックすると新規タブが開き、2020年時点の人口分布を、地図上で拡大/移動しながら確認できます。(PC推奨)
人口集積としての都市は、みなさんに馴染みがある行政区とは異なる姿をしています。例えば、一般に「東京」と言えば「東京23区(特別区部)」を指します。しかし、人口集積としての「東京」は、千葉市、さいたま市、横浜市、神奈川県秦野市付近まで及ぶ「首都圏」に近い範囲を含んでおり、人口集積としての「大阪」は、京都市南部や神戸市付近までを含みます。
また、人口集積としての都市は刻一刻と領域が変化していきます。過去50年(1970-2020年)の都市数の変化をみると、1970年の504から増加し、高度成長期末の1975年の511をピークに減少傾向となり、2020年には431まで減りました。ここで注目すべきは、1970年からの50年間で、国の人口は2千万人以上増加したにもかかわらず、都市数は70以上も減っていることです。1970年は、戦後の高度経済成長時代の真っただ中にあり、人口は1億人を突破して1億466万人に達していました。その後も人口は増加し続けたものの、増加した人口のほとんどは一部の大都市に吸収され、一方で、人口増加の恩恵を一切受けないまま淘汰された都市が多くありました。地方都市で昭和に産まれた筆者が子供のころに暮らした故郷も(岐阜県大垣市)、当時は活気がありました。しかし、この50年で、2つあった百貨店はいずれもなくなり、駅前の商店街はシャッター街となり、増えたのは空き地ばかりです。日本全体の人口が増え続けていた頃も、多くのみなさんがそんな地方の姿を見てきたのではないでしょうか。
では、「都市」というレンズを通すことで現れる地域の姿とはどのようなものか、見てみましょう。図2は、2020年の都道府県、市区町村、都市の3つの地域単位について、地域の人口と人口順位の関係を表したものです。ただし、ここでは、比較のために都市と市区町村が同じような数になるよう、都市の条件として、図1で示す人口1万人以上の条件を緩めて、人口1千人以上の人口集積をすべて含んでいます。6
図の縦横軸は対数軸です。「対数」は聞き慣れない言葉かもしれませんが、難しいものではありません。ある数の「対数」とは、そのことばそのものの意味はさておき、同じ比率を同じ量で表す、「数の大きさ」の表現のひとつです。あるふたつの数の大小関係は、それらの対数の間でも保たれます。対数軸は、対数値で数を比較しますので、同じ比率を同じ長さで表す軸です。例えば、横軸では、1位と10位、10位と100位はともに10倍違いますので、1位と10位の間と10位と100位の間は、同じ長さで表されます。縦軸なら、10万人と100万人、100万人と1千万人の間も同様に10倍の違いがあるため、同じ長さで表されます。(縦軸の102とは10を2回かけ合わせること、つまり「102=10✕10=100」のこと、同様に、103=10✕10✕10=1000です。)
では、青色のグラフに注目してください。ひとつひとつの点は、ある都市の人口と人口順位の関係を表しています。例えば、1位は東京で約3,400万人、2位は大阪で約1,500万人です。これらの点の分布は、概ね直線で近似できそうですね。対数軸上で直線であることは、都市の順位によらず、順位が一定「倍」変化したら、人口も一定「倍」変化することを意味します。例えば、1位の東京と2位の大阪、10位の奈良と20位の松山との人口の比率は同じ2.3です。このような関係を「べき乗則」と呼びます。べき乗数は、青のグラフに直線を当てはめたときの、その傾きにあたります。べき乗則とは、そのべき乗数がどの順位でも同じであることを意味しています。このように、べき乗則に従う2つの数量の関係を表すには、対数軸が適しています。
べき乗則は、緑色の都道府県やオレンジ色の市区町村といった行政単位では見ることができません。人口集積として定義した都市特有の性質です。都市と都道府県や市区町村など行政区との間でなにが違うのでしょうか。それは、地域の境界が予め決まっているか、結果として決まるかです。行政区の境界は、歴史的な経緯や政治的な配慮の中で人間が決めたものです。都市の境界は、人口が自然に集積した結果として決まります。このように、人の集まりとしての「都市」を地域として捉えると、実は、国全体に限らず、国内部の、東日本や九州のような直感的に「まとまった地域」と感じる範囲でも、都市人口の分布は、ほぼ同じべき乗数をもつべき乗則に従います。7 時間が経ち、経済を取り巻く状況が変われば、直線の傾きや切片は変化しますが、直線であることは変わりません。この性質が、都市の未来を予測する上で、とても大きな手がかりとなるのです。
最後に、今後の話の予告も兼ねて、1970年、2020年、2070年、2120年、そして、2170年の日本の地図上での人口分布を示しておきます。1970年と2020年は実際の分布です。8 2070年以降の図は、国立社会保障・人間問題研究所による日本の人口の「中位推計」に基づいて、9 わたしたちの研究チーム10 が予測した将来の人口分布を示しています。図1と同様に、暖色系の棒が立っているところは都市で、人口密度が高い場所ほど、赤が濃くなっています。グレーの地域は人口密度が1平方キロメートル当たり100人以上かつ1,000人未満の、都市に含まれない地域です。みなさんが住んでいるところや知っているところを見つけてみてください。今と比べて50年前はどんなふうだったでしょうか、そして50年後、100年後、150年後はどのように変わっているでしょうか。どの都市が残り、どこが消えてゆくでしょうか。残り続ける都市の内部は、どのように変化しているでしょうか。これらの変化を経済理論はどのように説明するのか、それが次の話のテーマです。
画像をクリックすると新規タブが開き、それぞれの年の人口分布が地図上に表示されます。(PC推奨)
1970年の人口分布
2020年の人口分布
2070年の人口分布
2120年の人口分布
2170年の人口分布
3. 予測のプロローグ
次回は、過去50年の日本の都市の変化を振り返り、その変化を経済理論によってどのように説明できるのかを紹介します。未来は過去の延長線上にあります。過去の変化を未来に引き延ばしたとき、将来どのような変化が起こるのか、過去数日・数週間のデータに基づいて明日の天気を予測するように、過去のデータは都市の未来を予測するのに役立ちます。しかし、今後の50年、100年先に、わたしたちは、有史以来、経験したことがないほどの急速な人口減少や高齢化に直面します。わたしたちは、自動運転の導入による交通費用の減少や、仮想現実(AR/VR)などの通信技術の進歩によるコミュニケーション費用の減少によって、やはりこれまでに経験したことがないほどの、距離障壁の崩壊にも直面するでしょう。物流コストはさらに減少し、取引の多くが遠隔で行われるようになるでしょう。人々が集まって住む都市の必要性は、生活やビジネスの多くの局面で減少していくでしょう。それは一体どんな未来なのでしょうか。おそらく過去の単純な延長では説明できない未来です。しかし、そのような状況でも、理論は未来の道先を照らしてくれます。次回はまず、わたしたちが頼りにする経済理論が過去の変化をよく説明しているという事実からお話します。
- 「地方創生」とは、2014年に施行された「まち・ひと・しごと創生法」とともに打ち出された、地方の活性化を目指す政策や取り組みで、政府主導の「町おこし」や「村おこし」を指します。それらの多くは、人口減少の抑制を目的としています。 ↩︎
- 「コンパクトシティ」とは、かつてたくさんの人が集まってできた都市で人口が減り、低い人口密度で存続している状態を改善するためにできた概念です。都市機能(商業施設や病院・消防署などの公共施設)を地理的にコンパクトに集め、居住地域もその周辺に配置することで、都市機能に低コストでアクセスを可能にする都市のことです。 ↩︎
- 「都市というレンズを通して見る」が分かりにくい表現だと感じるかもしれません。都市の人口規模、地図上の範囲、複数の都市間の関係性など、「都市」をキーワードとした様々な視点で(地域を)捉えることを意味しています。「都市を定義したことから生まれるそれらの多様な視点」をまとめて、「都市というレンズ」とひとことで表現しています。「〜のレンズを通して」は、英語では “through the lens of”として、よく使う表現です。 ↩︎
- 国勢調査地域メッシュ統計から、標準3次メッシュ(約1km四方)単位の人口分布データを使って、この図を作成しています。ただし、今後の分析や議論の単純化のために、北海道あるいは本州と道路で繋がっている地域のみを含んでいます。とくに、沖縄や、佐渡島などの離島をふくんでいません。 ↩︎
- 「都市圏」の定義として、都市経済学で通常用いられるのは「都市雇用圏」と呼ばれるものです。これは、市区町村単位の人口・昼夜間人口・従業者数および通勤データを用いて、都心とその通勤圏から都市圏を定義するものです。通勤パターンを考慮することは、特に都市内の世帯や事業所の立地を正確に捉えるためには必要ですが、市区町村という地域単位では集計が粗すぎて失うものも大きいです。個々の都市集積を十分正確に検出できず、図1にみる都市人口分布のべき乗則および第2,3話で紹介する都市集積に現れる秩序や、都市間・都市内の人口分布の変化を明確に示すことできません。結果として、第2,3話で示す事実と理論の整合性が、筆者が採用する都市の定義を用いる場合のようには、明確に確認できなくなります。 ↩︎
- 図2のグラフは、図1で示された範囲に含まれる都道府県、市区町村、都市を含んでいます。 ↩︎
- この法則は、日本、アメリカ、フランス、ドイツ、中国、そしてインドについて実証されています (Mori, Smith & Hsu, 2020)。こちらのウェブページでは、結果を視覚的に紹介しています。 ↩︎
- 1970年の1kmメッシュ人口については、秋田周辺にデータの欠損があります。したがって、1970年の地図では秋田の位置に都市が存在しませんが、実際は存在します。残念ながら、このデータの欠損は修正が不可能であることが判明していますが、将来予測には殆ど影響がありません。 ↩︎
- 国立社会保障・人口問題研究所が公開している日本の人口の将来推計です。「中位推計」とは、2020年時の出生率と死亡率が今後も続くと仮定して、日本の総人口の変化を推計したものです。このときの出生率は1.36ですが、2022年にはすでにその値を大きく下回り1.26まで低下しています。今年11月24日に厚生労働省が発表した人口動態統計によれば、2023年の出生数は前年より5.5%減ると見込まれ、今年の出生率は過去最低を更新すると推測されています。 ↩︎
- これらの予測結果は、Mori & Murakami (2024)に基づいています。 ↩︎