都市というレンズを通してみる日本の未来

第2話 経済理論で読み解く日本の都市の過去50年

1. はじめに

第1話では、今後日本が直面する急速な人口減少の下で、地方経済が未曾有の縮小と淘汰に直面するであろうこと、その淘汰のなかで個々の都市の未来を見極めるために、人口集積としての都市の視点が大きな手がかりになることを示唆しました。今回と次回は、この先に行う都市の盛衰予測の背景にあるメカニズムについて話します。今回は、日本の都市が過去50年間に経験した変化と、その背景にあるメカニズムについて、次回は、人が集まって都市ができるメカニズムについて話します。

ここで言う過去50年とは、これから分析で使うデータが得られる1970年から2020年を指します。2008年から始まった人口減少の影響は、2020年時点ではまだ顕著ではありません。高度成長期、バブル期、そしてその後の低成長期と、様々な変化が起こりましたが、たくさんの変化のうち、人口の地理的な分布に最も大きく影響したのは輸送・通信費用の減少だったと考えます。ここで輸送費用とは、モノや人が距離を移動するためにかかる金銭的な費用と時間的な費用を意味します。通信費用とは、実際には移動せずにコミュニケーションするための費用です。例えば、電話しかない時代と比べると、現代は、電子メール、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)やウェブ会議システムを使うことで、同じ量の情報をより短時間で伝えることができるようになりました。このように考えると、通信費用は情報が移動するためにかかる費用であり、輸送費用の一部として捉えられます。

過去50年で、新幹線・高速道路網は何もない状態から概ね全国を網羅するまでに整備され、同時に、インターネットが普及し、スマートフォンが当たり前になりました。これらの変化は、輸送・通信費用を大幅に減少させました。1 そして、このような輸送・通信費用の減少は今後も続きます。輸送では自動運転、通信では仮想現実に関わる技術革新が期待されています。隣の中国では、すでに宅配の自動運転化やドローンの利用、梱包・仕分け・倉庫管理など物流の自動化が実用段階に入っています。日本でも、労働時間制限による省人化の必要性を背景にした「物流の2024年問題」2をきっかけに、物流や輸送の自動化が一気に進むでしょう。人を介さない輸送は、金銭費用・所要時間の両面で、物理的な輸送費用を大幅に減少させるでしょう。 一方で、コロナ禍をきっかけに普及した、Zoom, Google Meets, Webexなどのウェブ会議システムは、さらに洗練されて、商談や会議などで対面でのコミュニケーションが必要になる場面は、今後も減り続けるでしょう。特に、3次元の仮想現実(AR/VRなど)を介した通信が実用水準に達すれば、互いが物理的に離れていながらにして同じ場所を訪れることや、目の前で対話しているように感じることが可能になります。それは、現在使われている2次元映像を介したウェブ会議システムでは克服できなかった距離の壁が、崩壊してゆくことを意味します。

そもそも、人々が集まり都市を形成するのは、輸送や通信の費用が高いからです。輸送・通信費用の水準が変化すれば、都市間の人口分布や都市内部の人口分布も変化します。ですから、都市の盛衰予測が頼りにする経済理論は、全国の人口が減少する効果だけではなく、今後も続くと予想される輸送・通信費用の減少がもたらす効果も説明できるものでなければなりません。日本の過去50年は、それを検証できる絶好のデータを提供します。

2. 高速交通網とインターネットが変えた都市の規模と形

日本では、1964年に開催された東京オリンピックに合わせて、新幹線と高速道路が東京・大阪間を結び、続く半世紀で、これらの高速交通網は日本全土に拡大しました(図1)。同時に航空網も充実し、物理的な交通・輸送アクセスは大幅に向上しました。特に、現在の新幹線は、東京〜大阪間と東京〜仙台間を、それぞれ10〜20分間隔という高い運行頻度で2時間台で結んでおり、全国の人口の半分以上が日帰りで実際に会ってコミュニケーションができるほど、実質的な距離は縮んでいます。一方で、1990年代にインターネットが導入されると、それは瞬く間に普及し、ソーシャル・メディアやスマートフォンの登場と相まって、距離を隔てたコミュニケーションを格段に容易にしました。とりわけ、インターネットが、双方向コミュニケーションを可能にするWeb2.0に移行した2000年代以降には、リモートワークが実用的に導入され始めました。3

では、輸送・通信費用が下がることで、都市はどのように変化するのでしょうか。過去50年のデータが示す都市の変化を見てみましょう。この間、全国の人口は1億400万人から1億2,700万人へ22%増加したのに対して、都市人口は49%増加し、都市化が大きく進みました。図2は、1970年から2020年までの都市人口分布の変化を示しています。(点線のグラフは都市人口分布に直線を当てはめたものです。図の読み方は、第1話の図2の解説を参照してください)。都市人口分布はべき乗則を保ちつつ傾きが急になっていて、概ね、人口が上位の都市ほど成長しています。これは、都市に流入した人口のほとんどが大都市に吸収されたことを意味します。最大都市である東京の人口は67%増、第2位の大阪は22%増、第3位の名古屋は64%増です。特に東京の人口は2,000万人から3,400万人に増え、その増加人口1,400万人は、1970年当時の大阪の人口1,200万人を超えています。この東京の突出した成長は、一般的な「一極集中」のイメージに直結しています。

では次に、都市内部の人口分布の変化を見てみましょう。図3の青のグラフは都市内部の平均人口密度、4 緑のグラフは都市内部の最高人口密度、オレンジのグラフは都市の面積の、それぞれの平均値の変化を示しています。青、緑、オレンジのグラフ周辺の帯は、それぞれ、都市の平均人口密度、最高人口密度、面積のばらつきを表しています。具体的には、これらの帯は、それぞれの平均値に近い値をもつ、すべての都市のうちの90%を含む範囲です。5 これらのグラフから、都市の内部では人口密度は減少し、面積は増加し続けたことが分かります。 つまり、都市内部の人口分布は、どんどん平坦化しています。

これらの変化は、都市と都市の間と個々の都市の内部とで、性質の違った人口移動が起こっていることを意味しています。国レベル、つまり都市間では、少数の大都市に向かって集中が起こり、都市レベル、つまり都市内部では、逆に、中心から外側に向かって平坦化する分散が起こったのです。

3. 集中と分散が同時に起こるわけ

都市は様々なメカニズムで形成されますが、国レベルで起こった集中と都市レベルで起こった分散は、輸送・通信費用が減少するときに共通して起こる現象であることが、理論的に分かっています。以下では、輸送・通信費用が変化することで、なぜこのような変化が都市に起こるのか、経済集積理論に基づいて説明します。6

この節では、話を簡単にするために、輸送・交通費用と通信費用とを区別せずに扱います。輸送・交通費用と通信費用減少の効果は正確には同じではありませんが、いずれも距離障壁を減少させます。特に、通信費用の減少は輸送費用の減少につながる場合が多く、逆に輸送費用を増加させることはほとんどありません。例えば洋服を購入する場合、インターネットショッピングの利用が増えれば、実店舗での購入の機会が減り、全体としては一着当たりの購入に関わる輸送(あるいは交通)費用が低下するでしょう。また、オンライン会議システムの導入で在宅勤務が可能になれば、出勤頻度が下がって、通勤費用が低下するでしょう。

交通の便が悪く輸送費用が高くなれば、モノやサービスを消費するための調達価格7は、どの産業でも高くなります。すると、どの産業もより多くの都市に立地して、それらの都市周辺の狭い範囲でモノやサービスを供給するようになります。輸送費用が高くなれば、遠くまで買い物に行ったり取り寄せたりしにくくなるからです。結果として、たくさんの規模の小さい都市が密に存在し、個々の都市が周辺の狭い範囲を後背地8としてもつようになります (図4上段)。9

では、輸送費用が減少したらどうなるのでしょうか。個々の企業は、今までよりも遠く離れた企業との競争にさらされます。すると、近隣の都市間で商圏が重なるようになり、一部の都市は競争によって淘汰されて衰退し、場合によっては消滅します。企業や人口は、より少数の、商圏が重ならない互いに離れた都市に集まるようになります。人口の合計が同じなら、生き残った都市は必然的に大きくなります(図4下段)。実際には1970年から2020年で全国の人口は増加していますので、人口が増加した都市では、人口が減少した都市の減少人口の合計を上回る人口増加がありました。これが、図2で示した、「国レベルで起こった大都市への集中」の背景にあるメカニズムです。

小さい都市ほど競争に対して脆弱ぜいじゃくで淘汰されやすいですが、大都市も例外ではありません。例えば、大阪は1992年の新幹線のぞみ号の運行開始と同時期から衰退し続けています。経済集積理論の観点からは、大阪がその人口規模の割には、東京に近づきすぎたために淘汰の対象となったと解釈できます。10 つまり、これまで多くの産業で重ならなかった東京と大阪の商圏が、これら2つの都市が実質的に近づくにつれて、次第に干渉しあうようになり、競争に耐えられなくなった企業が、大阪から撤退し始めたということです。また、大阪にあった本社機能が東京に移転するといったことも起こりました。このような場合に生き残るのは、都市内の市場が大きい、規模の大きい方の都市であることがほとんどです。

ただ、大阪のような大都市は、利便性が著しく低下しても衰退はゆっくりしか進みません。住環境が悪化して、高所得者が転出したとしても、すでにある住宅や都市インフラは耐久性が高いために家賃が下がり、低所得者の転入が起こるからです。実際に、アメリカのデトロイトなど、ラストベルト11と呼ばれる旧工業地帯の大都市では、これに伴って治安の悪化と住民の低所得化が連鎖する悪循環におちいり、大きな社会問題になっています。人口減少が進む今後の日本でも、いま存在する多くの大都市が大幅な人口減少に直面することは避けられません。これらの都市を、デトロイトなどが経験した悪循環を回避しつつ、どのようにうまく縮小させていくのかは、このコラムでも考えてみたい深刻な問題です。

では次に、都市内の変化について説明します。こちらは「国レベルで起こった大都市への集中」より直感的に理解できます。交通網が発達すれば、移動にかかる金銭・時間費用が下がりより通勤しやすくなります。また、通信技術の進歩により在宅勤務が可能になれば、通勤の頻度が下がります。すると、世帯には、都心から離れた家賃が低い郊外に立地する動機が生まれます。企業も同じで、必要に応じて簡単に都心に出ることができて、かつ、オンラインでも商談が可能になれば、家賃が高い都心から郊外に移転する動機が生まれます。その結果、都心の人口密度は下がり、都市内の人口分布は平坦化します。これが図3のグラフの背景にある「都市レベルで起こった分散」のメカニズムです。12

このように、経済集積理論は、過去50年の間に輸送・通信費用が減少する中で起こった、日本の都市間の人口分布と都市内の人口分布の変化をよく説明しています。13 ですから、この理論を使えば、輸送・通信費用の減少が今後も続くとき、何が起こるのか予測することが可能になります。さらに人口減少の効果を加えることで、予測はより現実的なものになります。輸送費用の効果に比べて人口減少の効果は単純で、個々の都市の人口を概ね一定の比率で減少させます。様々なシナリオの下で予測された個々の都市の盛衰は、地方創生やコンパクトシティなどの地域政策を設計する上で、道先を照らす有益な光となるでしょう。

4. 都市内の人口分布の変化:具体例

では、いくつかの都市に注目し、過去50年間の具体的な人口分布の変化を見てみましょう。14 図5から16は、大小様々な都市の、1970年と2020年時点の都市内部の人口分布を比べています。暖色系の柱が立っている範囲が都市で、色が濃いほど人口密度が高い地点です。(図の中央に配置されているのが注目している都市です。)

図5~15の画像をクリックすると新規タブが開き、各地域・各年代の人口分布を地図上で拡大/移動しながら確認できます。(PC推奨)

図5は東京の場合です。全国の人口が1億400万人から1億2,700万人へ22%増加した過去50年で、東京の人口は2,000万人から3,400万人へと67%増加しました。東京の人口成長は、住民の出生数と死亡数の差し引きによる自然増より、日本の各地から東京への転入(社会増と呼びます)によるところが大きいことが分かります。東京は、「国レベルで起こった集中」が最も多く向かった先です。東京の面積の増加率は47%で、人口増加率より小さいため、この「一極集中」の結果、東京は、人口だけでなく、都市内部の平均人口密度も上がりました。しかし、最高人口密度(1km2当り)は40,000人から33,000人へ20%下がっていて、図からも、人口分布が平坦化したことが分かります。

東京 1970年
図5A. 東京 1970年
東京 2020年
図5B. 東京 2020年

図6は、日本で2番目に大きい都市、大阪の場合です。大阪の人口は1,200万人から1,500万人へと、全国の人口と同様に22%増加しました。過去50年間で、人口は大都市により集中し、東京は67%も増加したのに、なぜ大阪は全国の人口と同じだけしか増加していないのでしょうか。実は、大阪の人口は2000年以降減少を続けています。これは様々な要因の複合的な結果ではありますが、第3節で述べたように、経済集積理論の観点からは、高速道路、新幹線、旅客航空機の導入で、実質的な距離がどんどん短くなっていくなかで、大阪は、とうとうその規模の割には東京に近づきすぎ、淘汰の対象となったと考えられます。それでも、全国で増加した人口のほとんどが大都市に向かったことを考えれば、全国と同じ22%の人口増加があった大阪も、やはり、「国レベルで起こった集中」の向かった先のひとつであることは確かです。

図から明らかなように、大阪内部の人口分布は、東京と同様に平坦化しました。平均人口密度は7,800人から7,400人へ6%減少し、最高人口密度は40,000人から29,000人へ28%減少しました。

大坂 1970年
図6A. 大阪 1970年
大坂 2020年
図6B. 大阪 2020年

日本で3番目に大きい名古屋の人口は、446万人から732万人へ64%増加し、東京と同じく、「国レベルでの人口集中」が向かった大都市のひとつです。また、図5と7の比較から分かるように、都市内部では、東京より急激に平坦化が進みました。平均人口密度4,000人程度を保ったまま、面積は65%増加しました。最高人口密度は、24,000人から18,000人へと24%減少しています。名古屋は、100メートル道路の整備など、都心の過密を防ぐ独特の区画整理を進めてきた都市で、平均人口密度は東京や大阪の約半分と、もともと人口分布が比較的平坦な都市ですが、さらに平坦化が進んでいます。

名古屋 1970年
図7A. 名古屋 1970年
名古屋 2020年
図7B. 名古屋 2020年

大都市の中でも、福岡は突出して成長した都市です。1975年に運用が始まった山陽新幹線のターミナル駅があり、15 空路でも全国で最も運行頻度が高い福岡・羽田路線を持っており、九州の玄関口となっています。1980年には北九州を人口規模で抜き、現在は名古屋に続く4番目に大きい都市です。新幹線や高速道路の整備に伴って実質的な距離が減少しても、福岡は、東京から十分離れているために、東京との競争には晒されず、大阪をはじめとする東海道・山陽道沿いの大都市に比べて、立地の優位性を維持しました。また、温暖な気候や中国・韓国への良好なアクセスなど、東京への距離が同程度の盛岡や山形といった東日本の都市と比べても、優位な条件が揃っていました。

福岡の人口は、103万人から292万人へ3倍近く成長し、これまで見てきた東京・大阪・名古屋とは異なり、平均人口密度・最高人口密度・面積ともに増加しました。図8からも分かるように、「国レベルの集中」効果が「都市レベルの分散」効果を上回っている状態です。特に、最大人口密度は19,000人から28,000人となり、現時点で大阪と並んでいます。

福岡 1970年
図8A. 福岡 1970年
福岡 2020
図8B. 福岡 2020年

福岡に似た状況で相対的に成長したのが仙台です。人口は51万人から131万人へ2倍以上増加しました。一方で、面積は3倍以上拡大したため、平均人口密度は減少しています。福岡と同様に、仙台は1982年の東北新幹線開通をきっかけに成長しました。東北新幹線の主要な乗り換え駅として、東北から東京へ向かう多くの旅客が仙台で乗り換えをすることは、この都市に立地上の優位性を与えています。16 図8と9を比較すると分かるように、程度の違いこそあれ、福岡と仙台の都市内部の人口分布の変化は似ています。

仙台 1970年
図9A. 仙台 1970年
仙台 2020年
図9B. 仙台 2020年

福岡や仙台のように極端な優位性がなければ、地方の都市では人口分布の平坦化がはっきり起こった場合が多いです。過去50年で人口が増えた宮崎、高知、和歌山、新潟の例を、図10-13に示しています。

宮崎 1970年
図10A. 宮崎 1970年
宮崎 2020年
図10. 宮崎 2020年
高知 1970年
図11A. 高知 1970年
高知 2020年
図11B. 高知 2020年
和歌山 1970年
図12A. 和歌山 1970年
和歌山 2020年
図12B. 和歌山 2020年
新潟 1970年
図13A. 新潟 1970年
新潟 2020年
図13B. 新潟 2020年

図14に示す久慈(岩手県)は、人口は12,000人から13,000人とほぼ横ばいの小都市です。このように、元々人口密度が低い小都市であっても、都市内部の人口分布は明らかに平坦化しています。1970年時の小都市には、2020年には都市の条件を満たさなくなったものも多くあります。財政破綻した夕張(北海道) [1970年, 2020年]をはじめ、東北では鹿角(秋田県) [1970年, 2020年], 北陸では輪島(石川県) [1970年, 2020年]、東海では郡上(岐阜県) [1970年, 2020年]などがあります。

久慈 1970年
図14A. 久慈 1970年
久慈 2020年
図14B. 久慈 2020年

最後に、大都市周辺の小都市が大都市に吸い込まれる形で消滅していく例として、筆者が育った大垣(岐阜県)の場合を見てみましょう。図15Aが示すように、1970年には、大垣は独立した都市として検出されます。図15A中央の濃い赤い柱が立っている位置はJR大垣駅付近の都心で、当時人口密度は12,000人ありました。ところが2020年になると、大垣は平坦化しながら面積を拡大する名古屋に飲み込まれます。大垣の都心の人口密度は7,000人を割り、人口密度が5,000人を超える都心地域は、1970年時の8平方キロメートルから3平方キロメートルへと、範囲が半分未満に縮小し(図15B)、消滅寸前であることが分かります。

この都心の縮小は、隣の岐阜ではより顕著に起こっています。図15Aの右上端に見える人口集積はJR岐阜駅付近です。1970年時点で、既に岐阜は都市としての名古屋に含まれていますが、都心の人口密度は20,000人を超えており、当時の大垣よりも顕著な人口集積がありました。しかし、2020年には、大垣と同様に都心はほぼ消滅しています(図15B)。大垣や岐阜は「国レベルの集中」が起こるなかで人口が流出して集積を維持できず、都市としての条件を満たさなくなった地方地域の典型です。同様な変化は、東京など他の大都市周辺でも起こっています。

1970年時の大垣
図15A. 大垣 1970年
大垣(岐阜県) 2020年
15B. 大垣 2020年

5. 都市ができるしくみの理解に向けて

今回の話では、輸送・通信費用が下がると、国レベルではより少数の互いに離れた大都市に集中が進み、生き残った都市の内部では人口分布が平坦化して分散が起こるメカニズムについて説明しました。しかし、まだ重要な問いが残っています。日本では8割もの人口が総面積のたった6%の土地に集まって都市を作っています。なぜ、このような極端な集積が起こるのでしょうか。なぜ、東京のような人口3,000万人を超える大都市と同時に、岩手県の久慈(図14)のように人口が2万人に満たない小都市があり、その間にも様々な規模の都市が存在するのでしょうか。また、東京や大阪のような大都市はたいてい互いに遠く離れて形成されていて、規模が小さい都市は逆に、密に多数存在します。しかも、都市人口分布は、全国でも地方でも、概ね同じべき乗則に従うのですから、とても不思議です。都市盛衰の予測をする前に、次回はもう少し理論の話をします。地図上に、様々な規模の都市が形成されていくしくみについて説明します。

  1. インターネットが普及した2000年ごろには、イギリスのエコノミスト誌で編集長を務めていたFrances Caincross氏の著書により「距離の消滅」が大きな議論になりました (The Death of Distance 2.0: How The Communications Revolution Will Change Our Lives , London: TEXERE Publishing Ltd., 2001)。また、インターネットを駆使して職場に縛られない働き方をする「ノマドワーカー」も、この時期から使われ始めた言葉です。ノマドはもともと遊牧民や放浪者を意味する言葉ですが、今日使われている意味での「ノマドワーカー」は、2006年に、フランスのJaques Attali氏の著書Une brève histoire de l’avenir (Paris: Fayard, 2006) (邦訳:「21世紀の歴史」林昌宏訳, 作品社, 2008年)で初めて使われました。 ↩︎
  2. 「物流の2024年問題」とは、2024年4月からトラック運転手の時間外労働時間が年間960時間に制限されることで生じる問題の総称です。この制限により、人が物流に関わる業務を続ける以上、これまでより物流に時間がかかるようになります。加えて、労働者人口が減り続けるなかで、この制限に関わらず金銭的費用も増加していきますので、物流の自動化は必然的に進むでしょう。 ↩︎
  3. 学術研究に関しては、Clarivate社のWeb of Scienceに含まれる学術雑誌に掲載された国際共著論文の数が、インターネット普及前の1981年時点で全論文数の5%であったのに対して、2019年には28%まで増えています(参考資料:「科学研究のベンチマーキング2021 – 論文分析でみる世界の研究活動の変化と日本の状況 -」, 科学技術・学術政策研究所) 。インターネットを介した共同研究が可能になったことが大きな理由であると考えられます。 ↩︎
  4. 「平均人口密度の平均値」について、「平均の平均」となっていて分かりにくいので、補足します。個々の都市は面積を持っていて、各都市の地図上の範囲は、1km四方(標準3次メッシュあるいは1kmメッシュと呼びます)の地域の集合として捉えています。都市内部の異なるメッシュでは人口密度は異なります。そこで、まず都市の内部の1kmメッシュごとに人口密度を求め、次にそれらの平均をとって、その都市の「平均人口密度」を求めます。この値は、都市ごとに、さらに年ごとに違っています。青のグラフは、各年に存在するすべての都市の「平均人口密度」の平均値を描いています。 ↩︎
  5. 値のばらつきを表すには、例外的に大きい値や小さい値を除いて、平均値周辺の50%、90%、95%などの範囲を使うのが、統計学では一般的です。 ↩︎
  6. この節の説明は、Akamatsu, Mori, Osawa & Takayama (2023)による理論研究の成果に基づきます。 ↩︎
  7. 「調達価格」とは、購入するモノやサービスの価格と、輸送・交通費など調達に必要なすべての費用を合わせた費用のことです。正確には、調達に要する時間費用も含まれます。 ↩︎
  8. ある都市の「後背地」とは、その都市が、モノやサービスの大部分を供給する地域のことを指します。みなさんが暮らす地域は、概ね、みなさんが、「街に買い物に行こう」とするときに思い浮かべる「街」を都心にもつ都市の後背地です。 ↩︎
  9. 注意深い読者は、そもそもなぜ産業や人口が都市に集まって立地するのか疑問に思うでしょう。その根本的なメカニズムについては次回に詳しく話します。今のところは、ある程度、都市に集まって立地することに何らかのメリットがあると仮定して、話を進めてみましょう。 ↩︎
  10. 大都市と小都市の間で交通アクセスが改善されたことによって、小都市から大都市に人口や産業が吸収される現象は、「ストロー効果」と呼ばれています。ジュースなどを飲むときに使うストローのことで、小都市が大都市に吸い取られるイメージが名前の由来です。 ↩︎
  11. ラストベルトは、「錆びついた工業地帯」という意味で、アメリカのミシガン湖・ヒューロン湖・エリー湖・オンタリオ湖沿岸とその周辺の、かつて鉄鋼業・石炭産業や自動車産業など重工業や製造業で繁栄した地域を指します。1960年代以降、世界的な貿易の自由化とアジア諸国の成長などを背景に、アメリカ経済は脱工業化し、重工業・製造業に特化してきたこの地域は衰退しました。デトロイトは、この地域の代表的な大都市です。 ↩︎
  12. 1970年代の自家用車の普及による居住地の郊外化は、都市の平坦化の一部を説明するでしょう。しかし、都市の平坦化は、その後もずっと続きますので、主たる要因は、経済集積理論が示唆するように、輸送・通信費用の減少と考える方が筋が通ります。 ↩︎
  13. 経済集積理論の他に、「国レベルの集中」と「都市レベルの分散」を同時に説明する理論は存在するかもしれません。しかし、著者の知る限り、ひとつの一貫した理論で、これらを同時に説明できるものは、今のところ経済集積理論の他にはありません。 ↩︎
  14. この節で挙げる例は、Mori & Murakami (2024)の研究成果の一部です。 ↩︎
  15. 鉄道のターミナル駅とは、路線の末端の駅のことです。九州から山陽新幹線で本州へ向かう際には、ほとんどの方が末端であるJR博多駅から乗車します。広大な後背地をもつ鉄道駅の周辺には都市集積が起こりやすいです。多くの利用客が駅を通って地域の内外を行き来することによって、駅周辺にモノやサービスの需要と供給が集中するからです。一方で、駅の後背地が小さい場合は、たとえそれが新幹線のターミナル駅でも、そのような需要と供給の集中は発生しないため、集積は生まれにくいです。例えば、西九州新幹線の端点である長崎駅の先はすぐに海で、交通需要が生まれる後背地はほとんどありません。たとえ博多駅までの全区間が開通しても、博多駅が福岡に及ぼしたものと同様な集積効果は期待できないでしょう。 ↩︎
  16. 交通網の乗換え/積替え地点は、企業や世帯の立地先として有利です。例えば、西日本から東日本に向かって新幹線で移動する場合、必ず東京駅で乗り換える必要があります。一方で、東京に立地していれば、この乗り換えを行う必要がありません。他の条件が同じならば、乗り換え回数が少ない東京に立地することが最適な選択です。
    また、乗換え/積替え地点では、人や物資が滞留することによって様々なモノやサービスに対する需要が発生し、様々な産業の拠点も生まれます。それがさらに消費者を惹きつけ、大都市の形成に繋がりやすくなります。
    東京を通過するあらゆる新幹線の路線において、東京が乗換地点になっています。このような輸送網の形は、東京一極集中を極端に強めたひとつの理由です。先進国では、人口3,000万を超える都市は東京の他にありません。やや脱線になりますが、「東京一極集中の是正」を目指すなら、そもそもこの辺りから考え直す必要があるでしょう。例えば、リニア新幹線の導入などは、交通網の端点としての東京の利便性を、今以上に高めることになります。東京への一極集中をより進めることはあっても、それを是正することにはならないでしょう。 ↩︎
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